創薬の道を一度はあきらめた。それでも研究を続けられた理由——データサイエンティストしずくさんインタビュー

創薬の道を一度はあきらめた。それでも研究を続けられた理由——データサイエンティストしずくさんインタビュー

プログラミングを学ぶ=エンジニアになる道。そう思っていませんか?

今回お話を伺ったしずくさんは、バイオインフォマティクス——生命現象をコンピュータの中で解き明かす分野のデータサイエンティストです。
本業ではがん細胞のタンパク質データを解析して病気の原因に迫る仕事をしながら、そのかたわら個人でコンピュータ上で新しい薬を探す「インシリコ創薬」の研究を続け、論文まで発表しています。

しずくさんは、就職活動で一度、大好きだった創薬研究の道から離れることになりました。
それでも夢をあきらめずに済んだ理由が「プログラミングがあったから」だと言います。

Sandbox代表・野澤との対談形式でお届けします。


がん細胞のタンパク質を、PCの中で分析する仕事

野澤:まずは今のお仕事を、専門の人じゃなくても分かるように教えてもらえますか?

しずくさん:バイオインフォマティクスという分野で、データサイエンティストとして働いています。生命現象をPCの中で解析して明らかにする、という仕事ですね。今って、いろいろな分析機器を使うと大量の生物のデータが取れるんです。それを使って、たとえば、がんの細胞でよく出現しているタンパク質と、正常な人のタンパク質を比べる。「このタンパク質が多いから、これががんの原因なんだ」といったことを明らかにしています。

野澤:すごく専門的なお仕事ですね。その中で、プログラミングやITの要素はどういう場面で出てくるんでしょう?

しずくさん:分析機器から出てくるデータがとにかく膨大なので、単純な手作業では解析が難しいんです。そこでプログラミングの力を借りています。

野澤:それはExcelでは処理できないレベルということですか?

しずくさん:そもそも開けないですね。量が多すぎて、重すぎて開けない。なのでPythonやRを使って、解析しやすい形にしてから解析する、という感じです。

「何回も挫折しました」

野澤:プログラミングは、お仕事に就いてから学び始めたんですか?

しずくさん:もともとはずっと実験をしている研究者だったんですけど、プログラミングに興味があって学び始めて、今の仕事につながった、という感じですね。……といっても語弊があって。実は興味があったので、学生の頃からプログラミングの授業は取っていたんです。でも最初の頃はコードが書けなくて、エラーばっかり吐き出して。もう何回も挫折しました。

野澤:挫折、経験されてるんですね。

しずくさん:何回も経験しております(笑)。独学だとちょっと無理だなと思ったので、企業の研修を受けて、その中で先輩の指導を受けながら一緒に仕事をして、どんどん学んでいったという流れですね。

野澤:プログラミング学習のあるあるですよね。実は僕も何度か挫折しています。しずくさんが乗り越えた方法としては、外部の研修やセミナーを使ったということですかね。

しずくさん:そうですね。まず研修で「ああ、こうやってやるんだな」というのをなんとなくつかんで、独学では難しいところを教えてもらって。その後は一緒に仕事をする中で先輩のアドバイスを聞いたり。あとは最近はAIに聞いて、ある程度のエラーは自分で解決できるようになりました。エラーが出たら解決していく、という感じになってきましたね。

野澤:今はもう挫折することなく、武器として使えている感じですか?

しずくさん:プログラミング自体は大丈夫なんですけど、最近の挫折は別のところで。プログラミングって、背景知識を伴ってやらないと、出てきた結果が合っているかどうか分からないんです。いわゆるドメイン知識ですね。プログラムの裏で何が起きているのかをしっかり理解するところが難しすぎて、何回も挫折しかけています。その都度勉強して頑張っています。

「もっと早く触れていたら、研究はもっと加速していた」

野澤:もし中高生とか、もっと若い時からプログラミングに触れていたら、何が変わっていたと思いますか?

しずくさん:研究をもっと加速できたと思います。ずっと実験科学者をやっていたんですけど、その頃からプログラミングを使ったドライ研究(実験ではなく計算で進める研究)ができていたら、もっと効率よく研究を進められました。あとは、大学生の時のアルバイトですね。プログラミングを使ったアルバイトができていたら、もっと効率よく稼げたかなと思います。

野澤:アルバイトはありますよね。リモートで働けたりもしますし。

就活はうまくいかなかった。それでも創薬をあきらめなかった

野澤:本業とは別に、個人でも研究をされているんですよね。それはどんなことを?

しずくさん:もともと創薬研究を実験でやっていたんですけど、それを続けたいと思って。最近はコンピュータ上で創薬をやるのが流行っているので、「インシリコ創薬」というのをやっております。

野澤:なぜ個人で?本業でもデータと向き合っていて、そのうえで個人でも研究をやるって、なかなかのバイタリティだなと思うんですけど。

しずくさん:もともと創薬研究が本当に好きで、将来的にもこの分野で仕事をしたいと思っていたんです。でも最初、正直なところ就活がうまくいかなくて、いったん創薬研究から離れることになってしまって。それでも将来的には創薬をやりたいという思いが強かったので、「だったら個人でできるところはやろう」と。最初は本当に何もできなかったんですけど、コツコツやっていくうちに「論文出せそうだな」という雰囲気が出てきて、実際に出せるようになって。今は他の研究者の方と一緒に研究をしたりしています。

野澤:個人で活動されて論文まで出すって、なかなかすごい話ですよね。それができているのは、やっぱりプログラミングの要素があるからこそ、ということでしょうか。

しずくさん:もちろんです。プログラミングがあるからこそ場所を選ばずできるのが非常に良くて。あとは自動で裏で動いてくれる。朝、仕事前に解析を回しておいて、終わったら最後に自分が確認する。いわゆる実験時間をコンピュータにやらせておけるんです。効率よく研究ができるのと、家でもできるというのが大きいですね。

野澤:普通の創薬研究って、大学や大企業の研究所で、実験器具を動かしながらじゃないとできないものですよね。

しずくさん:そうですね、そういうところの方が多いです。でもインシリコ創薬は家でできる。研究者同士でディスカッションする時は集まるのが大事ですけど、自分の解析だけなら自分でできますし、今は本当にラップトップPCがあればカフェでも作業ができる。世界中どこでも研究ができるというのが、非常にいいなと思っています。

野澤:カフェで新しい薬を見つける研究ができて、リゾート地でも開発できる。時代を感じますね。

本業と個人研究を「少しだけずらす」

野澤:本業のデータサイエンティストの仕事と、個人の創薬研究。両方走らせている中で、一方がもう一方に生きた場面はありますか?

しずくさん:もちろんあります。私は意図的に、本業と副業の領域を少しだけずらしているんです。少しずれてはいるけれど、「研究者を相手にしている」というところは共通している。だから副業で得た知見やスキルが本業に生きるのは、もう日常茶飯事ですね。

野澤:両方がシナジーを起こしている状態ですね。それはある程度、事前に設計されていたんですか?

しずくさん:思惑はありました。今の仕事に就く前からインシリコ創薬はやっていて、そのまま職業にできれば良かったんですけど、なかなか厳しくて。じゃあそれといい感じにシナジーが出せる仕事は何かないかな、と探した形です。ある程度は未来像を描いてやってきました。

野澤:思惑がありつつ、ちゃんとそれを実行してきたところも大きいですよね。

しずくさん:思いつきはみんなするんですけど、実行に移すのは結構難しいというか。そこに思いがないと、習慣にならないと、途中で頓挫していくことが結構あるので。本当に毎週のように振り返りをして、方向性が合っているかを確認しながらやっている感じですね。

理科は好きだけど、ITはこれから——という中高生へ

野澤:物理や化学、生物は好きで得意だけど、IT系のスキルはまだない。そんな中高生に伝えたいことはありますか?

しずくさん:理科のどの分野でも、今はプログラミングと必ずシナジーがあります。積極的にITを学んでいただいて、それを自分の興味と掛け合わせると、自分の興味を一段階深くできたり、それをもとに仕事ができるようになったりする。ぜひ学んでほしいなと思います。

それから——私はもともと創薬研究をしたくて、正直、一回挫折しているんです。それでも夢をあきらめずに済んだのは、ITというかプログラミングがあったからで。方向性としては違うルートだったんですけど、今もちゃんと創薬研究はできている。思うようにいかない時でも、プログラミングができれば夢が実現したり、実現しなくてもまた別のルートが模索できたりするんじゃないかと思うので、ぜひ学んでいただければと思います。

野澤:いいメッセージですね。少し視点を変えて、お子さんがプログラミングを学ぶかどうか迷っている保護者の方には、どんなことを伝えたいですか?

しずくさん:今、私は高校生と一緒に、コンピュータで薬の候補を探すインシリコ創薬の研究をしています。そこで感じるのは、プログラミングを通して、正解のない課題に向き合い、仮説を立て、失敗しながら改善する力が身につくということです。こうした考える力や試行錯誤の経験は、総合型選抜(旧AO)入試などで活動を伝える際にも生かせますし、海外でも主体的な研究経験は重視されています。

今後はAIがさらに身近になるからこそ、単に使うだけでなく、その仕組みを理解して適切に活用する力が必要です。その土台として、プログラミングは早い段階から学ぶ価値があると思います。

野澤:「AIが使えること」と「AIを理解して使えること」は違いますもんね。しかもその力が、進路を選ぶ場面でもそのまま強みになる。最後に、今後の目標や野望はありますか?

しずくさん:個人の活動では、今は「薬をいかに見つけるか」という部分の創薬研究をしているんですけど、創薬にはもっと幅広く、いろんなことが関連しています。最終的には一つでも多くの薬を作りたいという目標があるので、創薬に関連する領域をなるべく多く、コンピュータの中でできるようにしていきたい。いろんな人と関わりながらキャッチアップを続けていければと思っています。

野澤:今日はありがとうございました!


編集後記

しずくさんの話で印象に残ったのは、「一度あきらめた夢に、別のルートで戻ってきた」という点でした。

就活がうまくいかず、大好きだった創薬研究から離れることになった。
それでも個人で研究を続けられたのは、プログラミングが「場所も設備も選ばない研究手段」だったからです。
実験室が必要な研究は個人では続けられない。でもコンピュータの中でなら、ノートPC一台とコツコツ続ける意志があれば、論文が書けるところまでたどり着ける。

そして、もっと早く始めていたら——という問いへの答えが「研究がもっと加速していた」だったこと。
中高生のうちにプログラミングに触れておく価値は、「エンジニアになれる」ことではなく、自分の好きな分野を進むスピードが変わることなんだと思います。

なお、しずくさんは現在、高校生の研究活動のサポートもされています。
海外大学への進学や総合型選抜(AO入試)に向けて、インシリコ創薬をテーマに研究実績を作りたい方が対象とのこと。
興味のある方はしずくさんのサイトをご覧ください。

好きな分野があるなら、そこにプログラミングを一つ足してみる。それだけで、進める道はぐっと増えるはずです。

野澤嘉孝

この記事を書いた人

野澤 嘉孝

ソフトウェアエンジニア。同志社大学理工学部を経て、京都大学大学院で核融合発電の基礎研究(プラズマ物理)に従事。在学中は高校生向け数学塾の講師を、大学院では大学生に対して物理実験の授業を担当し、延べ500名以上の学生をサポート。現在は業界特化型SaaSの開発に携わりながら、中高生向けプログラミングスクール Sandbox(サンドボックス)の運営を行う。

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