私がプログラミングスクールSandboxを始めた理由

私がプログラミングスクールSandboxを始めた理由

どんな人間がSandboxのオーナーなのか、どんな思いでSandboxを開校したのか、運営しているのかを知ってもらうために少しだけ昔話をさせてください。

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大学院の研究室で、深夜までシミュレーションやデータ解析用のコードを書いていた時のことを、ときどき思い出します。
物理現象をコードで模擬する。誰も答えを知らない問いに、自分なりの仮説を立てて、計算機を回したり、実験をしたり、結果を見て、また仮説を立て直す。

地味な作業の連続でした。けれど、あの時間にしか味わえない種類の興奮がありました。
自分で『これが問題だ』と見つけて、その問題に自分の手で立ち向かっていく感覚です。

その感覚を初めて手にしたのが、23~24歳のときでした。

正直に言うと、もっと早く知りたかったです。

もっと早くしておきたかった「課題を見つけて、自分で乗り越える」という経験

学校の勉強は嫌いではありませんでした。
テストでそれなりの点数を取って、それなりの大学に入って、大学院まで進学しました。
でも20代前半まで、「自分で課題を見つける」という経験も、「正解のない問題に、自分の手で立ち向かう」という経験も、ほとんどしていなかったと思います。

問題はいつも誰かが用意してくれていました。
教科書が、先生が、入試問題が。しかも、解き方まで先に教わっていた。
与えられた問題を、教わったやり方で、効率よく解く——それが「勉強」だと思っていました。

研究室に入って初めて、その前提が崩れました。
「正解の決まっていない問題」を、しかも自分で切り出すところからやらなければならない。
何を問題に設定すればいいのかすら分からない。文献を読んでも、研究者ごとに言うことが違う。指導教官は「正解は知らない」と言う。
最初は途方に暮れました。

それでも、自分で「これが問題じゃないか」と仮置きして、仮説を立てて、コードを書いて、実験をして、結果を見て、また考え直す——そのループを回しているうちに、気づいたらみるみる時間が経っていました。
自分で見つけた問題を、自分の手で少しずつ前に進めている
その感覚は、それまで味わったどんな勉強とも違うものでした。

たしかにそこには、面白さがありました。
けれど私が一番強く思ったのは、もっと早くこの経験はできなかったのか?ということです。
もっと中高生くらいのもっと早い時期にこの大切なプロセスを経験しておきたかったと思いました。

プログラミングが人生を変えた

研究を続ける中で、もうひとつ大きな出会いがありました。プログラミングです。

修士の頃から本格的にコードを書くようになって、世界の見え方が変わりました。
日常の中で「これ、ちょっとおかしいな」「こうなったらいいのに」と感じたことを、自分の手でなんとかできるようになったのです。
データを集めて、可視化して、必要なら自動化する。
頭の中にあるものを、現実に出せる目の前の不便を、自分の力で減らせる

その後、私は研究の道ではなく、プログラミングを軸にしたキャリアを選びました。
技術メディアの運営、受託開発、そして今のSandboxの運営。すべて、「目の前にある課題を、自分の手で形にして解いていく」という仕事です。

つまり私は、20代前半で出会った2つの体験——自分で課題を見つけることと、コードでそれを乗り越えること——を組み合わせて、今を生きています。

そして繰り返しになりますが、これらをもっと早く身につけたかった、と本気で思っています。

なぜ「プログラミング」だったのか

ここで少し立ち止まって、書いておきたいことがあります。

「自分で課題を見つけて、自分の手で乗り越える」型を育てる手段は、本当はいくつもあります。研究もそうだし、起業もそう、ものづくりも、絵を描くこともそうです。

そのなかで、私が子どもたちに渡す手段としてプログラミングを選んでいるのには、はっきりした理由があります。

ひとつめは、プログラミングは目の前の課題をそのまま「解ける」道具になるということです。

「お母さんの家計簿を自動で集計したい」「好きなマンガの新刊が出たら通知してほしい」「友達と遊ぶゲームを自分で作りたい」。
子どもの目の前にある小さな不満や憧れが、コードを書くことで、そのまま形になります。
身近な困難を、自分の手で乗り越えた——この体験は、ドリルを1冊終えるよりも、本人の中でずっと大きな自信になります。

ふたつめは、「失敗しても痛くない」ことです。

コードは、いくら壊しても元に戻せます。
物が壊れるわけでも、誰かを傷つけるわけでもない。「動かないな」「あれ、なんで?」「こうかな?」を、何百回でも繰り返せる。
この『安全に失敗できる』性質が、子どもにとって決定的に大事だと、私は思っています。

学校では、失敗が成績に直結します。スポーツでは、失敗が試合の結果になります。
けれどプログラミングでは、失敗は次の一行を書くきっかけにしかなりません。
「仮説 → 実装 → うまくいかない → 直す → またやる」というループを、子どもの心が折れないままぐるぐる回せる。
『困難を乗り越える』という筋肉を、安全な環境で何度でも鍛え直せるわけです。
これほど都合のいい題材を、私はほかに知りません。

そしてみっつめに、身につけたスキルが、そのまま社会で通用することです。

これは大人にとっても重要なポイントだと思います。
プログラミングは、教養として価値があるだけでなく、現に世の中で必要とされ、対価が支払われている技術です。
本人が望めば、高校生のうちにアルバイトで仕事を受けることもできるし、自分で作ったサービスを誰かに届けることもできます。 プログラミングは「手に職」にもなるのです。

課題解決の道具になる。失敗のコストが小さく、何度でも挑戦できる。
そして、身についたものはそのまま社会と接続している。——子どもが「自分で課題を見つけて、自分で乗り越える」筋肉をつけていく場所として、プログラミングはほとんど反則的に条件が揃っていると、私は感じています。

4歳の息子を見ながら考えること

我が家には4歳の息子がいます。

絵を描いたり、ブロック遊びをしたり、わからないことを質問してくる、ごく普通の子どもです。けれど、彼の顔を見ていると、この子が18歳になる頃、世の中はどうなっているんだろう、と考えずにはいられません。

AIと一緒に何かを作るのが当たり前の時代に、彼は社会に出ます。仕事の進め方も、勉強のしかたも、私の世代のそれとは大きく違っているはずです。

そんな時代に、親として、彼に何を渡せるか

正解はわかりません。けれど、ひとつだけ確信していることがあります。

「与えられた問題を、教わった通りに解く力」だけでは、足りない。

彼に渡したいのは、2つの力です。

ひとつは、自分で『これは解くべき課題だ』と見つけられる力
もうひとつは、その課題に正面から立ち向かって、最後まで形にしきる力

この2つさえ持っていれば、その時々で世の中が何を求めていても、自分で居場所を作っていけます。逆にこれがないと、どれだけ知識を詰め込んでも、誰かが用意した問題が来るのを待つだけの人生になりかねない、と思っています。

ここで誤解されたくないので、はっきり書いておきます。
「AIが普及するからプログラミングを学ぶ意味がなくなる」というのは、私はまったく逆だと思っています。

AIにいい仕事をさせるためには、自分の中に、最低限「コードがどう動くか」「何が起きると壊れるか」「どこから手をつければよいか」の感覚が必要です。
AIが書いたコードを読んで、おかしなところに気づいて、適切に直しを指示する。
これは結局、自分でコードを書ける人にしかできない仕事です。

AIは、自分で課題を見つけて、自分の手で動かせる人にとっては、強力な伴走者になります。けれど、その型がないまま使うと、ただ「なんとなく動くもの」を量産する装置にしかなりません。
プログラミング学習は、その『見つけて、乗り越える』型を子どものうちに育てるための、最良のトレーニングだと私は信じています。

だから息子にも、Sandboxに通ってくれている子たちにも、できるだけ早くこの型を渡したい。
AIに使われる側ではなく、AIを使いこなす側に立ってほしい、と思っています。

それを、Sandboxで渡したい

Sandboxは、広島県府中市にある小さなプログラミングスクールです。
私がこのスクールに込めている想いは、「プログラミングが書けるようになる」だけではないです。

私が子どもたちに体験してほしいのは、スキルを使って自分で課題を見つけ、自分の手で乗り越えていく、こういうループです。

  1. スキルを身につけて、何かを作る。
  2. 作ったものを誰かに見せて、評価される。
  3. 自信がつく。
  4. もっと作りたくなる。
  5. 自分でテーマを見つけるようになる。
  6. 「これがあったらいいのに」を、自分の手で形にする。

このループが回り始めた子は、もう習い事の枠を超えています。
自分で課題を見つけ、自分の力で乗り越える筋肉が、内側に育ち始めている。
「探究は楽しい」という感覚も、その筋肉を回し続けるための燃料として、後からちゃんとついてきます。

そして、このループを最初に回せるかどうかが、その後の人生を左右します。私は20代になるまで回せませんでした。
だから子どもたちには、もっと早く回してほしい。10歳でも、12歳でも、15歳でもいい。早ければ早いほど、その後の人生で何度も助けてくれるはずです。

最後に:保護者の方へ

ここまで読んでくださった方の中には、私と似たような立場——つまり、自分で課題を見つけて、自分の手で乗り越えるという型を、仕事を通じて身につけてきた親御さん——がいるんじゃないかと思います。

そういう方に、私はこう言いたいです。

自分が手にしたものを、自分の子にもっと早く渡しませんか。

それは中学・高校受験ではなかなか渡せないものです。今の一般的な学校の授業だと、たぶん渡せません。

「自分で課題を見つけて、自分の手で乗り越える」というループが、生活の中で回り始めるところまで、伴走する場所が必要です。

Sandboxは、そういう場所を目指しています。
広島の小さな町から始まりましたが、オンラインを通じて全国どこからでも参加できます。
完璧なカリキュラムではまだありませんし、これから何度も作り直します。
けれど、ここに込めている想いだけは、誰にも負けないと思っています。

もし共感してくださる部分があったら、一度、お子さんと一緒に体験授業に来てください。

我が子を含めて、これからの世代が、自分の課題を、自分の手で乗り越えていく姿を、一緒に見ませんか。

野澤嘉孝

この記事を書いた人

野澤 嘉孝

ソフトウェアエンジニア。同志社大学理工学部を経て、京都大学大学院で核融合発電の基礎研究(プラズマ物理)に従事。在学中は高校生向け数学塾の講師を、大学院では大学生に対して物理実験の授業を担当し、延べ500名以上の学生をサポート。現在は業界特化型SaaSの開発に携わりながら、中高生向けプログラミングスクール Sandbox(サンドボックス)の運営を行う。

"自分で作れた"が生まれるスクール、Sandbox

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